2007年12月18日 (火)

荒木 芳雄のミクロネシア連邦の紹介(39)「経済面」

チユークの島々では,首長制度の下、その島に最初に定住した人の子孫を中心とした社会生活が営まれてきた。現在でも、島の主な決め事には首長の権限が強く影響している。チユーク州の法律は飲酒を禁止しており、スーパーなどではアルコール類は販売されていない。しかし、ほとんどのレストランにはお酒があり、現在では、日中に屋外で飲酒しない限り問題はないらしい。高い失業率とアルコール類の不法販売により、若者が非行に走り、危険な状態になっている。くれぐれも夜一人で出歩くことのないようにしたい。車に乗っているからといって必ずしも安全ではない。誘われて車やボートに乗るようなことのないように。出かけるときは複数で,タクシーなど利用する。ウエノ島が行政上の名称で,旧モエン島、現在でも島の人々は旧名で呼んでいる。戦前の日本人は「春島」と呼んでいた。チユーク州の州都で、面積19km2、環礁内で2番目に大きい島だ。島の中央には海抜369mのトノケン山があり、市街地の背後には海抜228mのトナチャウ山がある。島は熱帯の森林に覆われている。集落は海岸沿いににあり、島の西側には、政府のオフィスや銀行、ホテル、空港などがあり、センター地域を構成している。

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2007年12月10日 (月)

荒木 芳雄のミクロネシア連邦の紹介(38)『経済面』

チユーク(トラック島)州について触れます.チユーク州は比較的大きな11の島を含め

290近い小島で構成されている。陸地の総面積は127km2で、約40の島々に人々が生活している。州都ウエノ島は、最大径64kmに及ぶ世界最大級の規模を誇るチユーク環礁の主島。チユークは、かってトラック諸島として知られていたが、1989年の州憲法の制定で『チユーク』に変更されたが,依然として旧名称が使われる事も多い。

 人が居住している主な島は、山が多く豊かな緑に覆われ、人々は今も自然と共に伝統的な生活を送っている。一方、海底には戦時をしのばさせる沈船や軍用機が眠っている。

 チユーク。ラグーン(環礁)はかって1つの大きい火山の島であった。しかし数千年をかけて島の大部分が海面下に沈み、その山頂付近が現在の島々となって残った。

 周囲200kmに及ぶ巨大な礁湖の中に,大小90余りの島々が浮かび、その80島は無人島である。島から島へと小さなボートが頻繁に往来するさまは”太平洋の湖”と呼ばれる。主な島はウエノ、デュブロン(トノアス)、フェファン、ウマン、エテン、パラム、ウドット,パタ、ポレ、トルの各島で、日本統治時代は春島や夏島などの四季諸島、月曜島から日曜島までの七曜諸島など、日本名で呼ばれていた。チユーク州の人口は約5万4千人(2000年センサス)で,これはミクロネシア連邦の人口の約半数を占め、その3分の1がウエノ島に住んでいる。

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2007年12月 4日 (火)

荒木 芳雄のミクロネシア連邦の紹介(37)『経済面』

ミクロネシア連邦に対する日本の経済界の関心が高まりつつ有ります。全国中小貿易業連盟(経済産業省関係団体)の兵庫連盟が9社を2008年2月3日(日)~10日(日)の間同国へ経済ミッションを派遣する事となった。足立 博史理事長を団長として

総員12名が参加する事になった。これまで、同国へ経済ミッションを派遣する国は一国も無く、これまで、ミクロネシア連邦の資源に関心を持つ企業はほとんど無かったと云っても

過言ではない。300万平方キロメートルに及ぶ広大な同国経済水域はマグロカツオの回遊路となっており各国が入漁料を払って漁獲を行っている。ミクロネシア連邦は入漁料を得るだけで、自らの手では、漁獲を行っていない。これでは同国の起業は生まれないし雇用創出も期待できない。今回の経済ミッションはこれら水産資源を彼ら自身の手で漁獲を促し、近い将来現地で加工した水産物を日本に輸入しようとするものである。資源国でありながら経済発展の遅れで苦しんでいる同国に対して、この経済ミッションは、同国の水産物加工貿易を促進し、経済の発展に繋げようとするものである。今回ミクロネシア大統領(エマニュエル マニー モリ氏)の日本訪日でこのミッション派遣を知り大変感動された。

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2007年12月 2日 (日)

荒木 芳雄のミクロネシア連邦の紹介(36)

ミクロネシア連邦第七代大統領 エマニュエル マニー モリ氏(Emanuel Manny Mori)が平成19年11月30日初めて来日された。天皇陛下との接見で、大変暖かいお言葉

を頂き感動を受けましたと、同日夕刻、ロイヤルパークホテルにおいて、開催された”ミクロネシア大統領レセプション”でのスピーチで陛下との会見が披露されました。陛下のミクロネシアへのご関心も高く、ご渡航の実現を願っているとお答えした事が紹介されました。

福田総理とも会見され、日本の国連安全保障 常任理事国入りを強く支持する事をお伝えした事を強調されていました。総理からは、ミクロネシア連邦に日本から"全権特命

大使”(現在は臨時大使が常駐されている)を派遣する事が決定している旨説明があった。(今後両国の関係が益々緊密になる事が期待されている。大統領からは同国での

通信網のブロードバンドのシステム化を急ぎ、日本との文化、政治、外交等の情報交換は勿論の事、特に日本の高度な医療技術等をリアルタイムに動画でミクロネシアの医療現場に導入を急ぎ医療水準の向上を目指したいと主張されていた。

森 喜郎元総理もこのレセプションに出席され、太平洋戦争末期に森元総理の父上や日本軍の将兵たちがミクロネシアの国民から大変暖かいもてなしを受けたお陰で多くの日本の将兵たちが日本に帰国できた事を心から感謝しています。との挨拶があった。

(平成19年11月30日レセプションに出席して)

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2007年11月18日 (日)

荒木 芳雄のミクロネシア連邦の紹介(35)

前回に続いてポンペイの観光スポットを紹介します。

アルフォンス砦(Fort Alphonse)スペイン砦とも呼ばれる.石壁で囲まれたスペイン統治時代の名残で、当時情景が浮かんでくる。現在はアーチ型をした門柱と玄武岩の堀が総督府の規模を示している。現在は野球場の一部として残っている。

プロテスタント教会(Protestant Church) 空港からコロニアに向かう道沿いにある1930年に建てられた美しい教会。この教会じゃ現在も使われている。

カピンガマランギ村(Kapingamarangi Village)ポンペイ島の西側にあるこの村では、昔、台風と飢饉の犠牲となった離島のカピンガマランギ島とヌクオロ環礁などから移住した人々が中心に生活している。昔ながらの伝統的な生活様式を守っているのどかな村だ。住居はマングローブで造った高床式で屋根はパンダナスを使っている。民芸品の作業場を見学し、お土産として購入する事が出来る。

ソケース島(Sokehs Island)コロニアの西にある島で、ポンペイ島と土手道(コーズウェイ)で繋がれている。1910年のソケースの反乱はこの土手道を造る為に強制的に働かされたソケースの住民が武装蜂起したもの。島の中央は小高い丘になっている。かって日本軍の高射砲陣地があった。ソケース島の北端には150メートルほどの険しい切り立った玄武岩の壁があり、ソケース。ロックと呼ばれている。手前のソケース。マウンテンと共に

ハイキングコースとして登ることができる。

Dscn0232_2 ( Sokehs Island )

Dscn0465 (Protestant Church)

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2007年11月 2日 (金)

荒木 芳雄のミクロネシア連邦の紹介(34)

ミクロネシア連邦の首都 パリキール(Palikir)は、ポンペイ島の州都のあるコロニアから西に8kmの位置にある。ミクロネシア連邦の政治、経済、行政の中心地である。島内(ポンペイ島)観光地は,『ナン。マドール遺跡』と『ケプロイの滝』へ行くツアーが一般的で、ほとんどのホテルツアーサービスが催行している。ナン。マドール遺跡は12世紀頃に建設された”シャーウテール王朝(14世紀頃まで支配)”の中心地であった。コロニアから陸路でも、水上ボートでもいける。約40分で、巨大な水上都市跡が目の前に現れる。巨大な玄武岩を整然と積み上げた城壁など、当時いかにして、これら巨大岩を運んだのかいまだに謎の部分が多く、浦島伝説も残っている。ケプロイの滝は島内一周道路から川沿いにジャングルに入って行くと,水量の豊かな滝が現れる。高さ15mほどの玄武岩の岩肌にしぶきを上げながら落ちる姿は涼しげで美しい。いずれのツアーも所要時間は5~6時間ほどである。戦跡ツアーは旧日本軍の防衛拠点となったソケース。マウンテンとランガル島、ドロプロプルを訪れるものもある。ランガル島の基地は米軍の爆撃によってほとんど破壊されたが、戦後修復されて、1970年まで、ポンペイ空港として利用されていた。

ポンペイ。リドルキニ博物館はナン。マドール遺跡や島の伝統と文化を展示している。小さい博物館だがきちんと整理されているので理解し易い。日本の占領時代の遺物も展示されている。ポンペイ島を一周する道路は約85km有るが、日本のODAにより一期,二期に分けて完全アスファルト舗装されているので、2~3時間で風光明媚な景色を眺めながら、車で一周することが出来る。Sorienntationdscn0450                                           ナン。マドール遺跡

                                              

Dscn0458_2 ケプロイの滝      

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2007年10月26日 (金)

荒木 芳雄のミクロネシア連邦の紹介(33)

ミクロネシア連邦の首都パリキールが置かれているポンペイ島について説明いたします。

FSM(ミクロネシア連邦)で最も標高が高い島がポンペイ島で,800メートル級の山が2峰あり、起伏が激しく、大半がジャングルに覆われている。年間降雨量が多く40以上の川が流れており、足を踏み入れられたことのない熱帯雨林の湿った内部は,柔らかい、スポンジ状の苔で覆われた樹木が生いSdscn0248 茂っている。水と緑に恵まれたこのは『太平洋の楽園』と呼ばれ、ミクロネシアの動植物の宝庫でもある。ポンペイ州は25余の島々で構成されております。ポンペイは1984年までポナペ(Ponape)と呼ばれており、現在もその名前は学校や企業関係などで多く使われている。人口は約34,500人(2000年)で90%がポンペイ島で生活してい

「国会議事堂」

          る。ポンペイでの主食は米であるが、それと並んで食されるのがタロイモ         である。タロイモで作る餅は保存食にもなるので、重宝されている。タロイモは山芋と同じ   く,すり下ろして、トロロ状にし、油で揚げ、これは主食にもおかずにもなっている。

独特なのは、ウム料理。これはポリネシアの代表的な料理として知られているが,地面に掘った穴に熱した石を敷き詰めて、丸ごとの豚やタロ芋、パンの実などを乗せて、大きな葉っぱで蓋をして蒸し焼きにする伝統的な料理法で、ポンペイとヤップでは特別な日に伝統のウム料理を食する習慣がある。ポンペイでは通常現地語で話されるが、公用語は英語である。英語は小学校4年生から,教科に組み込まれている。年輩者には上手な日本語が話せる人も多い。日本語の単語が現地語として使われている例も多い。英語の中にも日本語の単語が頻繁に使われている。首都パリキールは旧日本軍の飛行場の置かれた場所で、議事堂のある複合センターは、1989年に1,300万ドルを投じて建設された。伝統的なFSMの建築様式が採用されており、ピラミッド状の天窓を持つ国会議事堂を中心に立法府、行政府、裁判所が整然と並んでいる。敷地内には連邦政府の各省も置かれている。(太平洋諸島センター)

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2007年10月16日 (火)

荒木 芳雄のミクロネシア連邦の紹介(32)

これまで、私の数回の講演を拝聴されたり、ブログを拝見された業界関係者や個人などの中に、ミクロネシア連邦に関心を持たれる方々が明らかに増えてまいりました。質問されたり、或いは、もっと詳しい情報が欲しいとの問い合わせが増えてまいりました。

先日10月12日(金)に神戸のホテルで『日本とミクロネシア連邦との関わり』と題して講演させて頂きました。約130人の団体、個人の方々が大変熱心に拝聴下さいました。

神戸の貿易団体から早速現地へ調査団を派遣したいとの申し出を受ける事になりました。予定では2008年2月初旬ころに、首都ポンペイおよびコスラエに行く事になりそうです。出発までの約4ヶ月間準備期間として、日本側の目的、条件、要望など整理し、まとめて、現地との交渉を適時行っていきます。

この調査団は日本とミクロネシア連邦の二国間の輸出入を本格化する事が目的であります。輸出入が始まりますと、当然現地の企業は日本向に受入れられる物作りに励み

これが現地の経済発展に繋がる事が期待されます。日本側からも現地に受け入れられそうな機械、医療器械、農業機械、家庭用品、食品など多種多様な商品が輸出される事になると期待されます。将来太平洋上の諸国などとも拡大が期待されるのではないかと

思います。

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2007年10月 9日 (火)

荒木 芳雄のミクロネシア連邦の紹介(31)

ミクロネシア連邦は地理的には、赤道以北10度、東経137度~170度、フィリッピンの東,日付変更線の西、東西3200キロメートル、南北1200キロメートルの広範囲な海域に位置し、607の島々を有しています。領土部分は700平方キロメートルに過ぎず、日本の奄美大島の面積とほぼ同じです。しかし排他的経済水域(EEZ)は300万平方キロメートルに及びます。ミクロネシア連邦の領土は日本の領土約38万平方キロメートルの0.18%パーセントに過ぎない小国ですが、排他的経済水域は日本の排他的経済水域(約450万平方キロメートル)の約70%に相当する広範囲な排他的経済水域を有しています。世界有数の漁業資源に恵まれた国家と云えます。日本も広範囲な経済水域を有し、世界的な水産資源国家である事は,周知の事実です。ミクロネシアの広範囲な経済水域はマグロ,カツオなどの回遊路になっているので、この地域での漁業資源であるマグロカツオの漁獲高は約80万トン/年と推察され、世界全体(約390万トン/年)の20%を占める世界最大の漁業資源を有する国家です。台湾、韓国、中国、日本の各マグロ延縄漁船がこの経済水域内で入漁料をミクロネシア連邦政府に支払って、漁獲しております。

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2007年10月 3日 (水)

荒木 芳雄のミクロネシア連邦の紹介(30)

来る10月12日(金)14:45PMから18:30PM,『中小企業のグローバル化への道』をメインテーマーとして、経済セミナーが神戸で、開催されます。

講演会 (1)『日本とミクロネシア連邦の関わり』と題して、15:00PM~16:00PM

(2)『勝負の世界に生きて』と題して、16:00PM~17:00PM

私と 棋士 九段 内藤 国雄氏が講師としてお話をさせていただく事になりました。

主催(社)全国中小貿易業連盟が企画、

共済 兵庫県,神戸市,日本貿易振興,

後援 神戸商工会議所,神戸貿易協会,神戸市産業振興財団、神戸地域産業フォーラムなどの支援を受け、

神戸の『ホテル モントレアマリー』、において、開催されます。

これまで、日本では、ミクロネシア連邦はどこに存在するのか、どんな国なのか、関心の度合いも、知名度も無きに等しかったのですが、これまで、機会がある度に,ミクロネシア連邦の紹介をしてまいりました。私だけの努力ではなく、ミクロネシアを支援するNPO法人(フレンズ オブ ミクロネシア、会長 小森 宰平氏、神戸)や(ミクロネシア振興協会、会長 上村 茂氏、東京)などの皆さんの日常の活動などを通じて、少しずつですが、ミクロネシア連邦に関心を持って頂く人々が増えてまいりました。私は日本で、主として経済界、貿易業界、行政などに対し、講演会やインタビューを通じて、ミクロネシア連邦の紹介を行っております。

旧日本海軍の艦船43隻が1944年2月17日~18日の米軍の猛攻撃で撃沈され、旧トラック島、現在のチューク島の海底20~80メートルで静かに眠っています。日本とは戦前、ミクロネシアは日本の信託統治下にあったことなど説明し、経済自立を目指すミクロネシアへの理解が日本の経済界でも高まりつつあります。2008年2月、本セミナー主催者団体(全国中小貿易業連盟)でミクロネシア連邦に経済ミッションを派遣することも現在検討されております。

今回上記のセミナーでは、主として経済界の方々が関心を示されて、会社、団体、個人などから130人余が受講されます。

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