2012年10月14日 (日)

荒木 芳雄のミクロネシア連邦の紹介(106)  「トピックス」

2012年9月日本・スリランカ国交樹立60周年記念の祝賀会が開催されました。在大阪スリランカ民主社会共和国名誉総領事館より、在伊丹ミクロネシア連邦名誉総領事がオープニングセレモニーの来賓として招待されました。

日時:2012年9月12日(水) 場所:芦屋文化ホール

主催者:駐日スリランカ大使 ワサンタ クマール、ジャヤデーワ カランナーゴダ氏

     在大阪スリランカ名誉総領事 D.W.アルッガマゲ氏

     チャンナウプ スリランカ民族舞踏団(バッキンガム宮殿など世界的に有名な

    ステージでの出演経験豊富)

見る人々を魅了してしまう素晴らしい舞踏団でした。

インド洋の真珠と云われる神秘の国(スリ=光輝く、 ランカ=島)

人口:2,100万人、独立記念日:1948年2月4日

首都:スリー・ジャヤワルダナプラ・コッテ

商業都市:コロンボ

ヌワラエリヤはセイロンティーの産地でスリランカの高原地帯の中央に位置し

紅茶の精製工場が茶畑の一角にある。丘陵地帯一面に茶畑風景が広がる。

紅茶はスリランカの主要な輸出品である。

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2012年8月22日 (水)

荒木 芳雄のミクロネシア連邦の紹介(105)    「トピックス」

兵庫県阪神シニアカレッジ卒業生に対してミクロネシア連邦の講演の依頼が有りました.概略を下記のごとくご紹介致します。
日時:平成24年8月21日(火) 午後2:00~3:30
場所:宝塚市栄町2丁目1番1号 SORIO 1-3階
宝塚市立文化施設ソリオホール
受講生:兵庫県阪神シニアカレッジ卒業生 約300名

テーマー:「 21世紀最後の楽園と云われるミクロネシア連邦と日本との関係 」

 パワーポイントにて具体的映像をスクリーンに映写して、ミクロネシア連邦について説明を行いました。

”21世紀最後の楽園“   と云われるのは
自然を破壊してまでリゾート化を望まない。不便でも美しい自然環境を大切に守って来たからである。

ミクロネシア連邦の歴史的な背景:
1595年スペインがマリアナ諸島並びにカロリン諸島を自国の領土と宣言。
1899年ドイツに売却。以降ドイツ領ミクロネシアとして1914年まで続く。
1914年日本が無血でドイツ領ミクロネシアを占領。1920年国際連盟は日本の信託領として委任を認める。1945年太平洋戦争終結により日本の信託統治がおわる。1947年アメリカの信託統治領となる。
1986年ミクロネシア連邦として独立国家となる。

ミクロネシア連邦が独立するまで過去400年近く外国の植民地で有ったミクロネシア連邦が独立するまで幾多のの苦難の道を歩んできたか。

ミクロネシア連邦が島嶼国でありながら ,今注目される理由は何か。
赤道北緯0度~12度に位置する同国は赤道周辺がマグロカツオの回遊路として漁業資源に恵まれていて、同国の排他的経済水域内での入漁料を得て日本を含めて各国へ漁業権を与えている。さらには、国連加盟国であり、日本の常任理事国入りを支持している。
さらには,有望な海底鉱床にも恵まれ将来大きな期待が持たれている。
604の島々が人口を分散し経済の発展の障害となっている事を克服する事と合わせて
漁業、農業および観光を軸として経済を活性化する方向性を見出す事が重要である。

などなど、講演を行いました。大変熱心に耳を傾けていただきました。

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宝塚ソリオホール          セミナー会場

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講演する本人            熱心に耳を傾ける受講者

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2012年4月27日 (金)

荒木 芳雄のミクロネシア連邦の紹介(103)  「トピックス」

関空世界旅博覧会が本年も開催されます。

開催場所:関西国際空港(JR.南海 関西空港駅降りてすぐ)

日時:平成24年5月19日(土)~20日(日)

    10:00~17:00

入場:無料

イベント:旅行フェスティバル(国内外、世界中のとっておきの旅

                   情報を提供いたします。)

海外旅行セミナー(短期の観光から長期の滞在まで旬の旅の

                   楽しみ方がわかる)

世界のグルメ(世界の文化を舌で感じる!、各国のご当地グルメ)

旅博ワールドミュージックフェスタ(音楽の世界旅行に出発!)

旅博クイズラリー(観光スポットや世界遺産のアハームービー、

            アハーピクチャー などのクイズで賞品をゲット)

”間寛平 アースマラソントークショウー”

5月19日(土)に開催されます。

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2012年4月18日 (水)

荒木 芳雄のミクロネシア連邦の紹介(101)  「トピックス]

    日本のODAにより ” ポンペイ空港 延伸工事 並びに ターミナルビル の増築が完成” 

待望の日本より直行便就航実現のため、ポンペイ空港滑走路の延伸工事並びにターミナルビルの増築が完成いたしました!

予定より1年以上の遅れとなりました。滑走路の延伸部分の軟弱な地盤の補強などに手間取り難工事となった。下記写真を参照ください。 

滑走路は従来部分は 1,829メートル 延伸部分 237メートル の総延長2066メートルとなりました。従来のボーイング737はもとより767も離着陸が可能となります。 

さらには当初予定にはなかったのですが、折角の滑走路延長と従来のターミナルとの釣り合いが取れなく、ODA の意義を一層効果の有る物にするためには、ターミナルビルの増改築が急務で有るとの意見が浮上、日本政府の英断でターミナルビルの増改築も同時に行われることになりました。

下記写真を参照ください。

ターミナルビルは、出発ターミナル、到着ターミナルに分かれ、コンベアベルトにより

荷物がスムーズに移動する。荷物も乗客が容易に運べるキャリアーも用意されこれまでの

不便な個所はすべて解消されました。今回これらの設備は日本のODA

による賜物であることを明確にするため、写真のごとく日の丸のロゴを必要か所に表示することにした。

写真参照

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右上ターミナル全体の写真            完成した滑走路 手前延長部分

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工事中のターミナル                        完成したターミナル

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コンベアベルト 日本のODA表示        新しくなったDeparture と Arrival Hall

 

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2012年2月12日 (日)

荒木 芳雄のミクロネシア連邦の紹介(100)     [トピックス]

前号(99号)で紹介いたしました”冒険ダン吉の著者産経新聞社将口泰浩記者のセミナー”で提案されましたダン吉のモデルとなった”モリ小弁”の史跡を訪ねるツアーに参加された NPO法人 フレンズ オブ ミクロネシア理事長小森宰平氏の体験記を紹介いたします。

チュークの小学校に英訳絵本を寄贈

   =FOM国際交流事業の一環=

            フレンズ・オブ・ミクロネシア

             理事長 小森 宰平

 2012年129日から2月2日までの短い期間だが、NPO法人フレンズ・オブ・ミクロネシア(FOM)の小森宰平理事長と笠原岳夫副理事長がミクロネシア連邦のチューク州を訪れ、小学校児童に英訳を添付した日本の絵本を寄贈した。

 今回の活動は、この「マングローブの楽園」前号(99号)の延長線上にあった。

 現ミクロネシア連邦大統領エマニュエル・モリ氏は、高知県土佐(現高知市)出身の森 小弁の曾孫に当たり、小弁はかつての人気漫画「冒険ダン吉」のモデルとも言われてきた。その小弁の生涯が昨年、産経に「冒険ダン吉になった男 森 小弁」(将口泰浩記者・著)の名で新聞小説として連載され単行本化、著者を招いた出版記念講演会を神戸でFOMが主催(協賛=在伊丹ミクロネシア連邦総領事館)したが、新聞の読者を対象にしたツアー(将口記者と行く『ダン吉 南海に駆けた男』トラック諸島の旅)も募集、FOMから小森、笠原が参加した。

フレンズ・オブ・ミクロネシアが2006年にミクロネシア連邦住民の健康回復(主として糖尿病)(当ブログ66号で紹介)を旗印に掲げNPOになって以来、神戸女子大の栄養専門学部とタイアップして現地調査などを行い住民の健康意識の向上に大きく貢献してきた。

今回の絵本寄贈(当ブログ73号で紹介)はNPOとしてのもう一本の旗印「ミクロネシア連邦との国際交流」事業に沿ってのもの。絵本の英訳は兵庫県西宮市にある武庫川女子大の生徒が2009  年から当たり、現在も継続中で、すでに100冊を大きく超えている。

NPOフレンズ・オブ・ミクロネシアとして活動していくうえでの最大のネックは、ミクロネシア地域の知名度の低さである。「何とかミクロネシアを理解してもらいたい」と手段をあれこれ模索する中でミクロネシアを扱った新聞小説が連載され秋に単行本になった。「冒険ダン吉」とは昭和6年から島田啓三によって描かれた南洋を舞台にした、のらくろ、フクちゃんと並ぶ人気漫画で、ダン吉は高知出身の森 小弁がモデルであると言われてきた。

その森 小弁は1869年(明治2年)土佐(高知市)の生まれ。明治24年に単身現在のミクロネシア連邦のチューク(旧トラック島)に渡り、大酋長になって素晴らしい政治を行い、大勢の子孫を残し、現在のエマニュエル・モリ大統領は小弁の曾孫に当たる。チュークと言えば  年に同島がエルニーニョによる大干ばつに見舞われたとき、フレンズ・オブ・ミクロネシアのメンバーは再三現地に足を運び総力を挙げて水源確保に取り組んできた。旧日本の信託統治時代に掘削した数々の井戸がジャングルで埋没していたのを回復させた。

森 小弁のこと、水資源回復への努力など、こうしたことの周知がミクロネシア理解につながるのではないかと判断、2011年1129日に著者の将口泰浩氏を東京から神戸に招き出版記念会が行われた。

今回のわれわれのチューク訪問はその産経主催のツアーに乗ってのものだったが、総勢47人の大部隊。参加募集が関東に限定されていたこともあって関空からは2人だけで、グアムで合流した。森 小弁の史跡を訪ねるツアーだが、トラック島で戦死された方々の遺族もおられるそうで、慰霊ツアーでもあるらしい。あとで知ったが、お坊さんも自発的に参加しておられた。出発時の日本は寒波襲来中で、神戸は最高気温7度、最低1度だったが、グアムですでに30度を越えていて暑いこと。

着いた翌日・1月30日は空港のあるウエノ島(日本名・春島)をバス2台に分乗して見学。どこを訪ねてもモリを名乗るモリ・ファミリーの有力者がおられ、小弁の偉大さが伝わってくる。小弁は11人の子供をもうけ、孫は94人。チュークには直系だけで1000人のモリさんがいるという。そういえば飛行場の入国審査ブースで、女性担当官が僕のパスポートを見ながら「あなた、コモリ、私、モリ」と胸の名札を指さしていた

31日は船で巨大なラグーン(環礁)内のデュプロン島(夏島)ほかの島めぐり。旧トラック島は戦争末期、山本五十六率いる日本海軍連合艦隊司令部が置かれ、軍艦、商船などが集結、それをアメリカ軍によって壊滅させられほとんどの船がラグーン内外に沈んだ。戦艦大和を係留した強大なブイもあり、多くの船は沈んだままの状態で残っており、沈船めぐりは世界有数のダイビングスポットらしい。

ツアー前半は小弁の史跡探訪、戦跡巡り=写真=また船上での合同慰霊祭=写真=に参加したが、後半、絵本を持って小学校を訪ねた。今回の訪問は、チューク観光局に赴任している青年海外協力隊員さんを通じて、これもチューク・ウエノ島(旧日本名・春島)のセント・セシリア小学校に赴任している明石市出身の青年海外協力隊員に事前にコンタクト、ジュリィ・アンドン副校長に意を通じてあった。

小学校は小高い丘の上にあり一見調って見えるが、機材は不十分で、職員室の電気照明もないに等しい。

ジュリィ・アンドン副校長に絵本を手渡した後、グラウンドに出て子供たちに見せると、多くの笑顔が寄ってきて絵本を中心にあちこちに輪ができた。何やら読み上げる子、絵を指さす子。アンパンマンの漫画もある。楽しそうだ。重い本を運んだ苦労が報われた気がする。それを見ていたジュリィ・アンドン副校長が「本をもっと欲しい」と言った。

武庫川女子大の学生たちは引き続いて英訳を続けてくれている。この絵本寄贈活動を通じて日本とミクロネシア連邦の草の根の国際交流がさらに広がってほしいと願った。

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船上での合同慰霊祭             戦跡めぐり

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モリ小弁の史跡を訪ねるツアー参加者数:47名の方々2_4

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